2025.09.09
【日常五心の教え#終】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 そして、「あいさつ」が出来ない子供がいます。何故できないのかと言うと「必要ない」と思っているからです。何故必要ないと思うのかと言うと、親が「あいさつの意味を知らない・教えられない」からです。 親の未熟さによって子供が困っているのです。「あいさつ」とは、自己表現です。「私がここにいるよ」という表現方法であり、他に認識を求める行為です。 「そんな事見たらわかるでしょ」ではないのです。見てもわからないのです。なぜなら「全員が自分の事で必死」だからです。 もちろん徳の高い人は一目見てわ…
2025.09.09
【日常五心の教え#6】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 「日常五心」とは、子育てにおいても十分発揮します。むしろこれだけでいいのではないかと思うほどに、です。 人の目を見て話す、人の話を心の耳で聞く、しっかりとあいさつをする、約束を守る、ルールを守る、必要な学びを行う、黙っていても問題は解決しない・・。 それらを「日常五心の教え」で「躾ける」という事。 親のしつけとはこれに尽きます。むしろそれ以外の事はやらなくていいです。 所謂「処世術」と言うのは社会から学びます。出会う友達や先生、その他の大人から学ぶのです。処世術とはいわばテクニ…
2025.09.03
【日常五心の教え#5】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 「日常五心」。一言で言うのはいともたやすく、実践する事がこれほど難しいのも少ないと思います。 その理由は人間には「我」があるからです。「慢」があるからです。 「我」とは「この宇宙でこの私が一番大切にされなければならない」と言う感覚を指します。 「慢」とは「他者との比較」に伴う、ランク付けの事を指します。 これらをくっつけて「我慢」と言う二字熟語が生まれました。これも仏教の教えで「我を控え、慢をしない。なるべく我慢して日々を生きましょう」と言う教えに繋がります。 では、この「日常…
2025.08.27
【日常五心の教え#4】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 ⑤ ありがとう、と言う言葉や気持ちを表現する「感謝の心」 みなさんは日頃から「ありがとう」と言葉にしていますか?もしかして「感謝してるんだから言わなくてもいいでしょ」なんて心の中で思っていないですよね? ましてや「感謝するのが癪である」という妙な価値観を持っている場合、大大大問題です。 私も日々感謝する事を心がけています。最近よくコンビニに行くのですが、物を買う時、「袋をお付けしますか?」と言われます。私は予備の袋を持っていますので、「持ってきたので結構です」と言いながらポケッ…
2025.08.20
【日常五心の教え#3】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 ③ おかげさま、という言葉や感情を持つ「謙虚な心」 謙虚な心。日本人には古来より備わっていた当たり前の心でした。今の日本人も他の国と比べればある方だと思いますが、昔の日本人に比べるとやや低迷しているように感じます。 謙虚さとは「自分を差し置いて他を重んじる」という事です。自分と言う「我」を手放し、自分以外の「他=ヒト・コト・モノ」を重んじる心の事を「謙虚な心」と言います。 謙虚さとは、ともすれば「自己犠牲」と勘違いされるかもしれませんが、それは極端すぎる事をまずは学んでください…
2025.08.13
【日常五心の教え#2】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 □はい!と返事をする「素直な心」 □すみません、と言う言葉や感情を持つ「反省の心」 □おかげさま、という言葉や感情を持つ「謙虚な心」 □私がやります!という言葉や態度を表す「奉仕・謙譲の心」 □ありがとう、と言う言葉や気持ちを表現する「感謝の心」 まずは上記、五つの教えのご紹介でした。 では、ひとつずつ解説をしてまいりましょう。 ① はい!と返事をする「素直な心」 この教えは、老若男女問わず、必要な教えです。男女の差・身長の差・能力の差・性格の善し悪しに関わらず「素直な心」がと…
2025.08.06
【日常五心の教え#1】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 今回は、仏教の教えである「日常五心」についてお話をさせて頂きます。 私たち人間は、日々生きる中で様々な学び・経験をしています。 例えば朝、雲行きが怪しいのに「まぁいいか」と思い傘を持参しなかったために、雨に降られてしまう。「あのときこうしていればよかった」と思う事を、次そうならないために対策をするのが本来ですが、奇しくも人間とはいつも同じ過ちを繰り返してしまう動物です。 毎度似た様な事が起きる。雲行きが怪しいのに傘を持って行かない。「今日は荷物が多いから」や「徒歩圏内が少ないから」なんて言い訳を…
2025.07.24
【人は同じ平地を歩いている#5】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 物質的なモノの為に頑張る事を手放す。その先に我々は何を追い求めればよいのか。 それは「正しくて楽しいもの」であります。 この「楽しい」とは人それぞれの「感覚」に依存するものです。楽しいの基準はありません。つまり「各個人の基準で生きる」という事です。 「好き勝手生きていいのか」という事ではありません。「自分も相手も家族も周りも世界も楽しいと思う事」を個人が選び、かつ「丁寧に生きる」という事、それを成す必要があるという事です。…
2025.07.24
【人は同じ平地を歩いている#4】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 SDGsの目標を達成することが目的になってしまったとき。例えば一つ目の「貧困をなくそう」という目標を達成しようとしたとき、「貧困な国と貧困ではない国」の対比が生まれます。そして貧困ではない国が貧困な国を支え、支援するという構図が出来上がりますよね? それではダメなのです。何故だかわかりますか? 手を差し伸べる事は大いに結構です。しかし、その動機に「見返り」の観念が混じっている時、絶対にうまくいきません。 そして貧困な国が支…
2025.07.17
【人は同じ平地を歩いている#3】
こんにちは!磐城駅前校です。本日も一人でも多くの方の目に届くことを願い、 投稿させていただきます。 前回の続きです。 共同体感覚の真髄とは「上下も前後もなく、そこに差を生じさせない考え方や感覚」の事を言います。「差」を取るという事です。 平地を想像したとき、前を歩く人や後ろを歩く人が居るとお話をしました。 まず、「前や後ろ」という表現をすると、人間は「一本の軸」を思い浮かべるのです。 その軸に沿って「前や後ろ・上や下」を想像すると思います。 共同体感覚とは「その軸を外す」という事です。イメージが湧きますでしょうか? その一本…