教室ブログ

2026.03.02

平野のデコボコ

こんにちは、個別指導Wam藤の木校です。

 

私たちはおよそ平野で生活しています。山の近くで高低差があると「たぶん川が削ったのだろう」と想像できますが、ただっぴろい平野での高低差はどうでしょうか。平野なのに、なぜ高低差があるのでしょう? 中学の理科でも高校の地学でも、岩石の種類や地震の発生のしかたなどは学習しますが、地形のでき方はなぜか習いません。

今回は、平野の地形のデコボコの話です。

 

その前に、川の水の浸食・運搬・堆積について確認しておきましょう。

川の水には、石・砂・泥を浸食・運搬・堆積するという作用があります。石・砂・泥の違いは粒が大きいか小さいかの違いだけなのですが、溜まった泥が圧着すると水を通さなくなるという違いはあります。

川の浸食・運搬・堆積は、どこでもまんべんなく働いているわけではなく、水の速さや量によって変わります。上流は、水の速さは急ですが量は少ないため、浸食が大きく運搬・堆積は小さくなります。下流は、速さはゆっくりですが量は多いため、浸食はほとんどなくて運搬・堆積は大きくなります。

運搬は一般に、水の量と比例します。粒の大きい石や砂は比較的上流中流あたりで堆積しがちですが、小さい砂や泥は長い間運搬され、下流で堆積しがちです。

 

これを踏まえて、平野の地形を見ていきましょう。まずは扇状地。

谷を抜けて平地に出ると、水の流れる速さがゆっくりになります。すると川の水に運ばれてきた石や砂が谷の出口にたまっていきます。石や砂がたまってくると、川はたまった石や砂をよけて別の場所を流れるようになり、新しい場所に石や砂を堆積し始めます。たまったらまた別の場所に流れ・・・というように流れを変えながら堆積を繰り返し、ときに洪水を発生させたりもしながら、長い年月をかけて石や砂をため続けます。結果として、谷の出口を頂点とし平地に向かって扇状に広がりをもつ地形がつくられます。これが扇状地です。

谷の出口にあたる扇状地の頂点を扇頂(せんちょう)といい、中腹を扇央(せんおう)、先端を扇端(せんたん)といいます。扇端は扇状に広がっています。

 

扇状地は、水がしみこみやすい礫(れき:石や小石)や砂でできているため、川の水の一部が地下にもぐりこみます。扇央付近は特に多くの水がしみこむため、水分をあまり必要としない作物の栽培に適していることから、一般に果樹園として利用されています。

扇端付近では、潜り込んだ水が湧き出し、湧き水として地上に現れます。富山市でいうと、「大泉」「小泉」「今泉」といった地名が扇型に並んでいます。常願寺川の扇状地の湧き水がその辺りに出ていたことを示す地名と推定できます。水を入手しやすい扇端付近は、主に水田として利用されてきました。

 

一方、扇状地の末端(扇端)より下流側に広がる平野は、氾濫平野といいます。

氾濫平野は、何度も洪水が繰り返され、そのたびにあふれた水で土砂が平坦に堆積してできた土地です。そのため多くが水田として利用されてきましたが、近年人口の増加に伴い、この氾濫平野にまで宅地や工場が拡大してきています。このような場所では、豪雨時の洪水によって住宅が冠水する恐れがあります。

 

氾濫平野の中にある少し小高い場所を、自然堤防といいます。

自然堤防は、洪水時に川からあふれ出た土砂が、それまで河道を流れていたときよりも急激に水深が小さくなることになるので、越流しはじめた地点(河岸沿い)に堆積が生じてできます。洪水が収まると川の流れは通常の流路に戻りますが、両岸の堆積物は取り残されます。これが繰り返されることによって、流路沿いに顕著な微高地が形成されるのです。

自然堤防は、周りの氾濫平野に比べて高い場所にあるので、氾濫平野に比べて洪水の影響を受けにくく、昔から宅地として利用されてきました。

先に自然堤防の上に宅地ができたため、新しい宅地は氾濫平野に作られていきました。ところがこんにち、古い宅地には空き家が増える一方、新しい宅地には人口が密集しがちです。言い換えると、自然堤防から氾濫平野へ、洪水の影響が受けにくいところから受けやすいところへと人口が移動している形なのです。

自治体は災害の被害を少なくするよう、できるだけ高台(つまり自然堤防)に住むよう促してはいるようですが、土地は個人の財産ということもあり、なかなか思うようには進んでいないようです。

 

川の流路にも微高地があります。中洲です。

中州とは、河川の運ばれた土砂が堆積してできた水が流れていない陸地部分のことです。中州は大雨などで増水すると消失したり逆に新しく中州が形成されたりするので、地図で表示されている中州と実際の中州の位置が異なっている場合があります。

中洲は別名「島」と言われるので、「大島」などといった島のつく地名として残っています。大きな川で中洲が大きいところは宅地になっているケースもあります。富山市八尾町中神通は、まさに神通川の中洲が宅地になったところです。

富山の砺波平野は散居村で有名ですが、なぜ家がバラバラにあるのかについては諸説あり、その一説には平野にある微高地、つまり自然堤防か中洲に家を建てた結果ではないか、というのがあります。

 

人の営みによって、地形が変わってしまうこともけっこうあります。そう聞くと工場やショッピングモールといった大規模開発を想像しがちですが、もっと昔から人は地形を変えてきました。それは川の流路の整備です。

もし川の流路が変われば、宅地はもちろん田畑や道路まで移さなければならず、多くの人の負担になります。そのため、人は古くから川の両岸に堤防をつくってきました。流れを固定された川の流路には土砂が堆積し、川底が上昇します。すると洪水の危険性が高まってしまいます。仕方なくさらに堤防を積み上げて洪水を防ぐのですが、流れを固定された川の底は上昇し・・・ということを繰り返し、ついには川底が周囲の土地よりも高くなってしまいます。このような川のことを天井川といいます。

富山県は急流河川が多いため、ほとんどが天井川です。最近は短時間で降る雨の量が多いので、堤防が決壊する危険性が高まっていますが、天井川ならなおさら、堤防を乗り越えて水が流れ落ちる危険性があります。ましてや上流にダムがある場合、ダムの「緊急放流」によって河川の下流で水量が増えて氾濫する危険性があります。

「緊急放流」(正確には「異常洪水時防災操作」)とは、ダムにそれ以上水を貯められなくなったときに放流することです。最近よく発生するゲリラ豪雨がダムの周辺で起こると、下流で雨が降っていなくても氾濫する危険性があるのです。

東日本大震災のとき、海岸沿いで津波に備えて高くしていたはずの堤防を越え、押し寄せた津波で被害にあった地域があると聞きます。天井川の堤防も、こんにちの頻発するゲリラ豪雨でいつ越流するかもわかりませんので、海岸沿いでなくても(平野でも)備えておくことが大切です。

 

流路を整備して変更すると、地境(県境、国境)も変わることがあります。川を境に町や村の境界を決めていることが多いためです。

流路が変われば当然地境も変わるのだろう、と思うかもしれませんが、今の日本ではそうなっていません。考えてみれば当たり前ですが、流路の変更はその土地に住んでいた人の生活に直結するため、流路は変わっても地境は変更しないのがほとんどです。その影響で、川の周辺は地境がやたら複雑になることがあります。

日本は海に囲まれているので、川の境が国同士のいさかいのタネになることはまれですが、海外では国境紛争のきっかけになりかねません。「川の流路は自然現象で変わるものだから」と言っていられないところがあります。

 

整備は流路だけでなく、もともとの川があったところを宅地や田畑に変える工事もあります。富山の神通川・常願寺川・庄川では、河口付近での洪水が多かったので明治時代あたりから整備し、人工的に川の流路を変え、もともとの河道を宅地などに変えてきました。それが旧河道という地形です。

先に中洲のところで例に挙げた富山市八尾町中神通の西側にある「水辺プラザ」は、宅地にはなっていませんが、まさに旧河道です。今や富山の名所になった環水公園も、旧河道を整備したところです。

旧河道は一見周囲と何も変わりませんが、十分に固結していない砂の層に覆われているところが多く、そのため地震の際に液状化が起こりやすいと言われています。

能登半島地震の際、ポートラムの通る富山市蓮町付近(8号線以北)は液状化の被害がありましたが、すぐ東側の米田付近は何もなかったと聞きます。これは、蓮町付近は神通川の旧河道だったのに対し、米田付近はかつての自然堤防の上だったためです。蓮町と米田は、海からの距離も同じくらいで標高もさほど変わらず、町の様子もあまり変わらないのに、ちょっとしたことで被害が異なるのですね。

 

以上、平野のデコボコについて書いてきました。

平野はただっ広いだけではなく、その成立過程にはいろいろあることがお分かりいただけたでしょうか。他にも地形のでき方はいろいろありますので、下のリンクなどを参考にしてくださいね。

 

【参考】

国土地理院「山から海へ 川がつくる地形」

河川の地形形成

 

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