
こんにちは!個別指導WAM堺市駅前校です😊
今回は、たまに疑問に思うテーマ。
「昔のバブル経済って、どんな感じだったの?」
というテーマについて、日本の戦後の経済の流れにそって解説します💡
実はバブルは、いきなり起きた謎の好景気ではありません。
その背景には、戦後の焼け野原から立ち直っていった日本の努力と、そしてある落とし穴があったんです。
第二次世界大戦が終わった日本は、まさにゼロからのスタート。
しかしここからの日本は、本当にすごかったと思います💪
朝鮮戦争の特需(1950年代)
自動車・電化製品・鉄鋼などの重工業の発展
東京オリンピック(1964年)、新幹線開通
こうした出来事が続き、日本は「世界の工場」としてどんどん輸出を伸ばしていきます📦🚢
この時期、日本は年に10%前後の経済成長を続ける「奇跡の成長」を遂げます✨
一般家庭にもテレビ・冷蔵庫・洗濯機が普及し、生活は一気に豊かになっていきました。
でも、絶好調だったのはここまで…💧
中東の戦争の影響で、石油の価格が突然4倍に!
→ 石油に依存していた日本の産業は大混乱。
→ 物価も急騰、成長率はガクンと下がり…
これをきっかけに、日本の「高度経済成長」は終了します。
「もう成長は終わりなの?」という空気の中で、日本は石油に頼らない経済構造を目指し始めます。
✅ 電子機器や自動車などの高付加価値産業にシフト
✅ 効率重視・省エネ化が進み、輸出も伸びる
✅ そして貿易黒字が積み上がっていく…
でもこの「黒字」が、のちのアメリカとの摩擦を生み出します🇯🇵🇺🇸
アメリカ「おい、日本、ちょっと輸出しすぎじゃない?💢」
日本「え…すみません…」という感じで、アメリカの赤字と日本の黒字のバランスを取るために行われたのが――
▶ プラザ合意(1985)
→ 円高誘導を通じて、アメリカからの輸入を増やす目的📈
この合意により、急激な円高が進行し、日本企業は「輸出で稼げない時代」へと突入します💸
しかし、このプラザ合意がバブル経済の直接的な原因ではないようです。
「輸出で苦しいから、国内を元気にしよう!」と政府と日銀は金利を下げ、融資を拡大。
不動産や株の価格がぐんぐん上がる
銀行は土地を担保にガンガンお金を貸す
証券会社も特別な金融商品で回しまくる
こうして、地価と株価だけが異常に上がる「バブル経済」が始まります🎈
📺テレビや当時の映像では、
若者がジュリアナ東京で踊る🕺
ブランドバッグを持つOLたち👜
ボーナスで高級車を買う🚗
…そんな印象がありますよね?
でも、これって一部の都会の話。
地方や中小企業の人たちは、そこまでバブルの恩恵を感じていないケースも多かったんです。
あまりに地価と株価が高騰したため、政府は規制を強化👇
🔻 銀行への「不動産融資の総量規制」
🔻 金利の引き上げ
🔻 株・不動産に対する税制の見直し
その結果…
📉 株価暴落
🏚 地価下落
🏦 銀行が不良債権まみれに
日本は長い「失われた10年」へ突入します。そして、失われた10年も長期化し失われた40年と呼ばれることも
バブルは、実力ではなく「幻想」と「借金」でできた景気でした。
だからこそ、私たちはこう学びたいと思います👇
✔️ 流行や熱狂に流されず、本質を見る目をもつこと
✔️ 数字や仕組みの裏にある“意味”を理解する力
✔️ 一時的な成功に慢心せず、地道な努力を続ける姿勢
個別指導WAM堺市駅前校では、こうした単なる知識だけでなく、
「なぜ?どうして?」を一緒に考える力を育てていきます✨
日々の学びが、未来を生き抜く力になりますように。