教室ブログ

2020.04.04

語る

こんにちは。Wam西浜校です。4月になりました。4/2(木)の帰路途中にて、和歌山城の西側を通りました(毎度です

 

が・・・)。天守閣が青色に染まっていて、綺麗でした。厳かにも、優しくにも見えました。桜もややもすれば満開でしょ

 

うか?さて、こちらの教室にて、毎週金曜日に私が記して参りましたブログは、本日で最後になります。来週から、東の方

 

向は四箇郷校にて、日々務める事に相成りました。新たな場所にて、新たな気持ちで心機一転頑張って参ろうと思います。

 

少しでも、私めのブログにお目通しして頂きました方、深謝致します。せめて一人でも多く、目汚しになっていなければ、

 

幸いです。毎度勝手ながら、私の西浜校での最後のブログは、毎週金曜日ではなく、私の西浜校での最後の日にはなりまし

 

たが、「論語」の一説で終了致します。「与(とも)に言うべくしてこれと言わざれば人を失う。与に言うべからずしてこ

 

れと言えば言を失う。知者は人を失わず、亦(ま)た言を失わず」(大意)「ともに語り合うべき相手と語り合わなければ

 

その相手を失う。共に語り合うべきでない相手と語らうのは言葉を浪費する事になる。知恵のある人はその両方の見極めを

 

間違わない」自分の考えや思いを分かってもらえる人は、実際どれだけいるかは分かりませんし、それが分かれば喜怒哀楽

 

の感情を、むやみやたらに表現する必要も無いはずですね。それでも、間違わない為には、途方もない程、間違えるとは思

 

います。思いを伝える事は(相手に伝わる分かりやすい表現で言葉を選ぶ事も含めて)当然大切で、それを一つでも多く見

 

極める為には、私見ですが、「語る」為に相手の話を聞くことが更に大事だと思います。この上記一節は、「同じく「孔

 

子」御師が自身の生涯を述べた「60にして耳順(したが)う(60歳になって人の意見に反発せず、素直に傾聴出来る様に

 

なった)」につながると考えています。相手に理解を頂く為には、まずは、相手の話や思いを聴き、相手が何を求めている

 

のかを考えることが「先」で、自分の言葉を語るのは「後」からだと、私は解釈しています。「自分が絶対に正しくて間違

 

っていない」という考えは、見方を変えれば、実は慢心で、相手の心を踏みにじる事である。また、自分の言葉で語るため

 

には、やはり「学ぶ」事は一生ついて回るという「謙虚さ」が大事なのか、とも思わされた西浜校での4年間でした。人の

 

つながりを把握したり、物の有難みを意識する事も同様でしょう。「そんな事をして一体何の意味があんねん?」と、衝突

 

の原因にもなりそうですが、その方には「意味がある」のだろうと考えます。年を経て重ねても、自分の正しさに溺れず臨

 

機応変で、自分以外から常に学ぶことを忘れず、引き際も適切で、頭を下げられる方には、私自身、本当に申し訳なくなる

 

程、頭が下がります。他愛のない話を始め、自分の思いを伝えたくなります。助けて頂いた分、お返ししなければ、と自然

 

に思えてきます。「そういう方」みたいになれれば、とは思います。あくまで一つの定義ですが、語り合うべき方と言うの

 

は、「そういう方」なのかもしれません。新天地の方でも、そういう方に出会える様、精進して参ろうと思います。4年

 

間、本当に有難うございました。手洗い・うがいを励行し、十分な睡眠をとり、体調にくれぐれも気を付けて下さい。

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