教室ブログ

2016.09.28

ブルータスの思い

 

 

 

机の上で、「どうすれば生徒たちの成績が上がるような授業ができるか」であるとか、「どんな授業だと生徒たちの興味を惹きつけられるか」というような事を考えるときがある。というより、よく考える。これからも考えるだろう。教育者なのだから、当たり前である。どんなテキストを使おうか、いやなんなら自分で作ってしまおう、こんな話をすればいいんじゃないか、こういう時間配分で授業をしよう。。。”There’s always a huge room for improvement”(どんなときも改善の余地はある)とは使い古された言葉であるが、いくら使い古されても、使い切られることはないだろう。

 

 

 

そういうとき、結論から言えば、僕らは「必ず思いつく」のである。職業柄、伊達に勉強してきたわけじゃない。腰を据えて思案に耽れば、「そうだ、これなら必ず成果が出るはずだ」というような案は何かしら出てくる。最初は綿飴のようにふわふわしたものでも、それを煮詰めれば煮詰めるほど、最後は結晶のように強固な確信に変わる。「これなら必ず上手くいく」・・・。

 

 

しかしそれは所詮、砂糖の結晶なのである。水をかければすぐに溶けるし、軽く叩けばすぐに砕ける。実践してみて気づくのだ。なるほどこれが、「机上の空論」というやつか、と。

 

 

我々大人は、無意識のうちに「当たり前だ」と想定してしまっていることが多分にある。そのほとんどが、実は「当たり前」じゃない。少なくとも、子供たちには。机上の空論になってしまうのは、我々がそれを見過ごしてしまっているからである。ざっと見てみるといい。我々は当たり前のようにこう思っている。「宿題はやってくるに決まっている」、「授業を簡単に休んだりはしないはずだ」、「大幅な遅刻なんてまぁ滅多にないだろう」、「これぐらいはもう覚えているはずだ」、「ベストを尽くすまではいかなくても、最低限の努力はしてくれるだろう」・・・。実際のところ、教育現場はそんなに甘くない。生徒は簡単に休んでしまうし、宿題はやってこない。ノートは見るからに手を抜いているし、学校の授業はろくに聞いていないし、「なんと見事な」の後に続く都が定かではない受験生が半数だ。これが現実である。日本の・・・なのか、大阪の・・・なのか、庄内の・・・なのか。それは分からないけれど。

 

 

誤解しないでほしいのだが、私たちはそれを嘆いているのではない。だからこそ、教え甲斐があるとすら思っている。ならなんでこんな話をするのか。それは、それを「理解していない大人が多い」ということを声を大にして伝えたいからである。

 

 

子供たちは多感な時期を過ごしている。家庭環境や学校生活、友人関係や将来の不安、それら様々な名前の糸が、途方もなく歪に絡み合っている。そんな状態で「勉強」という名の糸だけを引っ張り抜こうとしても、土台無理な話なのだ。ぷちっと切れてお終いである。その前に先ず、絡まった糸を解いてあげないといけない。切れないように、丁寧に。投げ出してしまわないように、ゆっくりと。

 

 

ある英国の名探偵はこんな名言を残している。

 

「人生という無色の枷糸の中に、殺人という名の真っ赤な糸が紛れ込んでいる。我々の仕事とは、それを解きほぐして、分離し、全てを白日の下に晒すことである。」

 

 
何事も、物事には順序があるという事だと私は思う。一方で、白日の下に晒すことばかりを考えている人がいる。そのためのシステマティックなことばかりを気にする人がいる。どういう授業をしてくれるのかとか、どういう制度なのかとか。それは大事なことではあるのだけれど(だからこそ我々も考えているのであって)、落ち着いて見返してみてほしい。晒されているその生徒の、彼の胸中の心の糸は、きちんと解きほどけているのかどうか。勉強という名の糸だけを、我々に差し出すことができているのか。

 

 

そうでないなら、話を戻さないといけなくなる。で、そこからはじめていかなきゃいけない。ちょっとずつ、一歩ずつ、ゆっくりと、落ち着いて。

 

 

 

私たちはよく、「ご家庭のご協力も必要なんです」と言う。それはなにも、家でもちゃんと1時間勉強を見てやってほしいだとか、歴史の年号を覚えるテストをしてあげてくれだとか、そういうことじゃない(やってくれる分には大歓迎なのだが)。そうじゃなくて、例えば挨拶をきちんとしなさいだとか、遅刻をしてはいけないよだとか、簡単に塾を休んじゃだめだとか、提出物はだしなさいとか、約束事は守らないといけないんだとか、そういうことを毅然として言い続けてほしいという、そういうことなのであって。で、そう簡単に聞いてくれることではないのも分かってるので、どうしようもない時は「相談してください」っていう、そういう事を言っているのである。「言うこと聞かないしお手上げだしもう知らない」とか、「自分のことは自分でしなさい」(投げやりなほう。毅然としたほうじゃなくて)とか、そういうことは「やめてくれ」という、そういう話をしているのである。

 

 

人はチェスの駒でもなければ、ロボットでもない。ルークみたいに前に進めといっても進まなかったり、ロボットのように操作したら指示通りに動いてくれるというわけでもない。そういう「人間」を相手に名人級のチェスの戦術をインストールしようというのは、これぞまさに机上の空論というわけで。そしてそれは「当たり前のこと」なのである。それでいいのである。それを理解しない人間は、東野圭吾の「ブルータスの心臓」という本があるが、その主人公宜しく、機械を操作する人間の「感情」を過小評価し、最後は指示を忠実に守る機械によって鉄槌を下される。機械に「生みの親を慕う感情」があれば、避けられたかもしれない鉄槌を。

 

システムや論理は大切である。そんなことは自明の事実だ。しかし、人間はシステムどおりには動いてくれない。子供は論理を理解できない(子が多い)。パイプをふかして思考に耽るのも時にはいい。それで名案を思いつくことはあるだろう。でも、システムはいたるところで不調をきたすし、論理は感情によって破綻する。そうしていわゆる「名案」は、往々にして空論になる。

 

 

そういうときに我々は、結局「現場の工夫」に頼るしかないことを思い知らされる。機械でない、一人ひとりの人間をよく理解し、彼らの感情を尊重し、信頼関係を結んだ上で、時には叱責し、時には甘やかし、時には王道を使い、時には裏道を通り。よい教育者とは、あらゆる場面で「現場の工夫」を適切に用いることが出来る人間のことだと思う。よい教育プランを考え出したり、見事な教育システムを生み出せる人間のことではない。いつだかも書いたことだが、理屈っぽい人とは一つの包丁で全ての料理を済ませようとする人間のことである。握った包丁を手放せない人のことである。論理的な人とは、使えるものなら本来の用途に限らずどんなものでも、ペーパーナイフでも出刃包丁でも、融通無碍・縦横無尽に使いこなせる人間のことである。

 

 

システム崇拝者は往々にして理屈っぽい。そういう人が教育の現場に立ったとしても、自分のシステムが崩壊していく様をただ呆然と見届けることだろう。文科省はそんな簡単なことにも気づいていないようだが、それはまた別のお話である。

 

 

話を元に戻そう。絡まった糸を解くところだ。まずそれからはじめようというところだ。ではどうやってその糸を解くか。ここで「ハッと驚くような名案」が出てくると思っていたなら、残念ながら、あなたはまだ教育を理解できていない。糸の解き方とは、早寝早起きさせることである。挨拶をすることである。約束事を守らせることである。話を聞くことである。尊重してあげることである。良好な関係を築くことである。こんなにも簡単で、あんなにも難しいことたちなのである。

 

 

 

 

 

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去る八月。

 

とんでもない労力をかけ、思いつく限りのアイディアをしぼりだし、予行授業を繰り返した授業。自信と確信に満ちたその授業で、確信はこんぺいとうよりもろく崩れ去った。生徒たちは簡単に授業を休み、宿題は提出せず、黒板に書いた漢字はひらがなで書き、前の授業の内容はきれいさっぱり忘れている。教育者として、現実にぶちのめされた瞬間だった。

 

 

最後の授業の翌日。いの一番に宿題を提出した生徒がいた。受験生向けの授業の中で、唯一参加した二年生だった。その生徒は一度も遅刻することがなかった。休んだことはあったが、かなり事前に連絡をしてきて、補講をきっちり行なった。その生徒が帰る時、いつものようにこう言った。どの生徒もほとんど言わないその台詞を、当たり前のようにこう言った。

 

 

「有難うございました。」

 

 

なんだこんなことかと笑みがこぼれた。声を出して笑いたくなった。

「結局ようは、そういうことよね。」

 

 

肩の荷が一気に下りた気がした。風が窓から窓へと吹き抜けていくような心地よさだった。

結局のところ、ここからはじめていけばいいんじゃないか。

ここが彼らの居場所になって、僕らが彼らの頼りになって。

 

自分ばっかり焦ってた。自分ばっかり考え込んで、ついてこれない生徒に苛立った。

なんて馬鹿だったんだろう。そういうことじゃないじゃないか。だって

 

これこそが教育じゃないか。

 

 

受講者で唯一、成績優秀者であった彼女の姿を、見えなくなるまで見送った。

 

 

 

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